日本酒文化と水の話(その1)

 

私は若いときから日本酒が好きだったが、外では滅多に飲まなかった。それは「日本酒は正月にコタツにあたりながら、酒を飲んだらそのまま寝ころぶことでおいしさが味わえる」とずっと思いこんでいたからだ。私は昔から酒は人から勧められて飲むものではなく、ゆっくりとした気分で味わうものだという強い信念のようなものを持っていたようだ。

だから、先輩や上司から日本酒を勧められたときは、断らずにグイッと飲んでしまうものの、その後はすぐに「水代わりですので」と言ってビールを飲んでいた。

そんな私が外でも日本酒を飲むようになったのは、40歳をすぎて仕事で毎日遅くなり、職場のそばで宿泊することが多くなったときからだった。しかし酒量は多くなったものの心では「日本酒はこんな味ではない」とずっと思っていた。

転機が訪れたのは川崎市を退職してすぐに「多摩川と川崎と酒」というエッセイを川崎市市民文化室が発行する「クォータリーかわさき」誌に発表したときである。私はその中で「酒づくりは地域の文化史だ」と述べ、そのことを川崎と多摩川を重ね合わせながら、(一応専門家らしく)川崎酒造近傍の地質や水質についてふれて記述した。

酒づくりには「米、水、人」のどれが欠けてもまともなものはできない。私はそのエッセイで、酒造りで利用する地下水水質と酒の関係についてふれているが、本当に書きたかったのはそのことではなかった。私は杜氏さんが米づくりの地で伝承的に受け継いだ技術によって、日本酒文化が持ちこたえてきたことを述べて、米づくりの衰退と杜氏の減少に警鐘を鳴らしたかったのである。

残念なことに、私の危惧は的中してしまい、川崎市のその蔵元は杜氏さんの病気により廃業してしまった。酒づくりの文化を守り育てるのは「人」であることを強く印象づけられた出来事だったのである。

しかしその後、私は仕事で全国をめぐるうちに、それでも頑張っている蔵元を見ながら、とてもうれしくなった。杜氏の技術を自分で学び江戸時代から続いた酒造りを盛り上げた若主人もいる。

そのような蔵元をめぐる旅をしているうちに、私は「酒づくりは地域の文化史だ」という視点が自分の専門領域に通じていることに気づいたのである。

(「その2」につづく)


「日本の海洋環境対策」に、ご指摘を受けての追加

 先日のブログ「二つのニュースから日本の海洋環境対策を考える」に学生時代の友人から指摘をいただいた。「日本、韓国、中国、ロシア、北朝鮮、とわが国からみれば海の向こうの隣国はなかなか手強い相手ばかりだが、もっと腹を割って話をしてみてはどうだろうか」の記述について
「この分析。もはや、その姿勢では「ダメ」なことが、現実に突き付けられているのではないか?」
主語のない私の文章が曖昧だったため、私の真意は伝わらなかったことをおわびしたい。
この文章中の「もっと腹を割って話をしてみてはどうか」という主語について、私は関係国の政府関係者を想定していない。EUがとりまとめた研究開発プログラムはたしかに最終的に政府間レベルでのとりまとめになっているが、私は現在の日本海、東シナ海の状況を見れば6カ国協議のような政府間交渉でスタートできるなどとはとうてい思えない。ではどうするか。政府間交渉で行えないものはNGOが国境を越えて話し合いをはじめるしかないと考えている。北朝鮮をのぞけば、環境科学の研究者レベルでは中国、韓国、ロシアとのつながりはかなり広がってきているからだ。
とはいっても、それぞれの歴史認識や自国の経済状況に対する評価はまちまちで、海洋環境に対する認識も共有できるかどうかは不透明だ。だから、「本当に海のことを心配している」関係者が集まる必要があると考えている。
調査・研究を中心にしたNGOならば一国の利害を超えて(相互利益のために)海洋環境保全のための対策を検討することが必ずできるはずだ。カネは後からついてこさせよう。

二つのニュースから日本の海洋環境対策を考える

 最近、海洋環境に関するニュースがEICネットに掲載されていた。
一つはバルト海の環境問題解決のためにEU諸国が共同で研究開発を行おうとする決定である。(下記のページで掲載)
http://www.eic.or.jp/news/?act=view&serial=23368&oversea=1

もう一つは、以前にもふれたことのあるメキシコ湾原油汚染に関するもので、アメリカ海洋大気庁がメキシコ湾の漁業禁止区域を拡大したというものである。(下記ページに掲載)
http://www.eic.or.jp/news/?act=view&word=&category=&oversea=1&serial=23372

二つのニュースとも海洋環境に関するものだが、わが国にとって貴重な示唆を与える内容であることには違いない。
メキシコ湾岸では、「漁業禁止区域の指定は、メキシコ湾産の海産物の安全性を確保する予防措置である。漁業禁止区域は現在8万6985平方マイル」としている。この面積の数字はわかりにくいが日本の感覚に直すと東京から直線距離で沿岸を600厠イ譴燭箸海蹐泙任鯀枋蠅垢譴弌△修譴蕕留茣澆ら沖合370勸幣紊泙乃業禁止区域となることを意味している。もし日本ならば漁業国としては壊滅的な打撃を受けることは間違いないだろう。
地球の裏側で起こっている事件だからと安易に考えない方がよい。一地域の汚染が地球環境にも市場経済にも大きな影響を与える今日だ。アメリカ海洋大気庁とアメリカ食品医薬品局が実施するモニタリング結果がいずれ発表されるだろうが、自分たちの問題として考えねばならない問題だ。
そんなときに出されたバルト海をめぐる多国間による共同研究開発プログラム開始のニュースは、この地域の海洋環境保全に関わってきた人々には朗報に違いない。
もともとバルト海は汚染が深刻な地域であったが、古くから各国の利害が衝突する場所でもあり、海洋資源だけではなく軍事的にもかつては航行権をめぐる争いが続いた地域でもある。
このバルト海をEU未加盟の諸国も加えて共同の輪ができたことは、バルト海の環境保全と安全にとっても喜ばしいことだ。
ひるがえってわが国をみたとき、日本海と東シナ海は経済開発と軍事利用が先行して、なかなか海洋環境保全の共同研究が進まない。日本、韓国、中国、ロシア、北朝鮮、とわが国からみれば海の向こうの隣国はなかなか手強い相手ばかりだが、もっと腹を割って話をしてみてはどうだろうか。
海洋は一人日本のものだけではないし、海洋汚染を放置したことによる被害を受けるのは日本国民だけではない。
関係諸国との友好も共同の海洋保全対策で前進させるメリットも生まれるはずだ。
バルト海の沿岸諸国もかつては戦争ばかりした敵同士の国もあるが、EUが共同学術研究に拠出する金額は7年間で5000万ユーロ(1ユーロ110円として55億円)。要は金額ではなく共通する目標に向かっての姿勢が重要なのではないだろうか。このプログラムの成果にも注目したい。







知的探求の喜びと感動を伝える〜科学教育の原点とは

全国の博物館や科学館で 「科学リテラシーの向上」が目標に掲げられて久しい。
すべての国民が平和な社会で自らの目標に向かって、自由な発想で生きていくことができるためには、物事の科学的な認識が基盤になければならない。
自分が体験したことのない事象にぶつかったとき、「なぜそうなのか」「どうしてそうなるのか」「これを解決するにはどうすればよいのか」を人々はいつも考えて生活しているからだ。
子どもは生まれたときから「なんでそうなるの?」の世界で生きてこざるを得ない。なぜなら、見るものさわるものすべてが初めての体験だから。
この初めての体験のときから、子どもたちの科学的認識の世界が始まっているはずだが、年齢を重ねるにしたがって、その「?」は激減し大人になった頃には、あたかも自分は何でも経験しているかのような錯覚のもとで生活をしている。
しかも、いまではテレビやDVDでたくさんの情報が流され、戦争や人殺しまでライブで見られる時代になってしまい、子どもたちは何でも体験しているかのような錯覚のまま、「なんでだろう?」の感性を失っていく。
「科学的認識の向上」をいうとき、このような時代背景が子どもたちと大人の世界にとぐろを巻いていることを理解して取り組まなければ、単なるかけ声に終わってしまうし、受験勉強を叱咤する道具に使われかねない。
私は滋賀県立水環境科学館で3年間「子ども科学教室」を毎月開催してきたが、上記のような考え方はこの教室の中で実践的に学ぶことができた。
実験を行っているときの子どもたちの目の輝きは私の生きがいでもあったし、自分の実践の正しさを証明してくれるものだった。中でももっとも大切にしたのは「知的探求の喜びと感動を伝える」ということである。
私は毎回の教室で保護者からアンケートをいただいてきたが、「子どもがいつも楽しみにしているので、親が引きずられてきています」「自宅に帰ったとき、『おもしろかったよー』という子どもの目が輝いて見えた」「私も一緒に勉強させてもらっています」といった言葉に、私自身が励まされることが多かった。
この教室は小学4年から6年生までの混合教室だが、内容は中学から高校レベルの実験と解説になっている。しかし、私は子どもたちに「えーっ!」「どうして?」という言葉が頭に浮かべば、それで成功だと考えている。実験が終わったとき、教室内に子どもたちの感動を味わったある種の満足感が広がっていれば、その実験は大成功なのだ。難しい理屈は「その時がくれば」子どもたちは必ず気づいてくれるはずだから。
保護者には「家に帰ったとき『アンタ、先生のいったことわかったの?』は禁句です」と申し上げている。
知的探求の喜びと感動を伝えることこそ、科学教育の原点でなければならない。

かつて、私たちが子どもの頃は東京都心でも戦争の焼け跡があちこちに残り、住宅街でも少し歩けば広場(というより草むら)があり、日が沈むまでそこで遊ぶ子どもらを見守る大人(地域)の目があった。
夜になれば屋根に上って空を見れば、東京でも星がきれいに見えた時代だった。
そのような時代、子どもたちは普通に「なんでやの?」を連発していたはずだ。
新しいことを知る喜び、体験したことのない現象を見たときの驚き、日本の明日を託す子どもたちにこそ、真の科学教育をひろげたい。子ども科学教室で

小学生のプランクトン観察雑感

 私は子どもの頃から何かを作ったり観察することが大好きだった。今で言えば天文少年、工作少年、電気少年だった。夏休みには毎年ガラクタを集めて作品を作り、母親の苦笑をかっていた。小学6年生の時には既に立派なラジオまで作っており、将来は「電気技術者になる」、「天文学者になる」などと夢多き少年だった。そんな私がプランクトンを顕微鏡で見たのは小学校4年のときである。
先生に言われるまま、雨水のみずたまりから水をすくい、その一滴を顕微鏡下でのぞいたとき、突然奇妙な生き物が目の中にとびこんできた。ミジンコだった。私はその時の感動を今でも鮮明に覚えている。「水の中にこんな生き物がいる」ことを知る機会は自分の体験では一度もなく、言葉を失ったままじっと目を凝らしてスケッチをした。もう半世紀以上も前の話だ。
そんな私が中学生になってから理科の中でも「生物」だけが大の苦手になってしまった。これは高校に入学するともっとひどくなっていた。物理・化学は得意な私が、何故「生物」が嫌いになったのか。
答えは簡単だった。中学のとき試験の為に見たことも無い原生動物の名前や植物プランクトンの名前を無理やり覚えさせられ、うんざりしてしまったのだ。小学4年のときのあの感動は結局、高校受験の為にむりやりどこかへすっ飛んでしまっていた。
当時の生物学の中心は「分類学」花盛りの時代だったようだ。植物や動物の分類学上の名称を覚えることが重要なことであると、説明無しに求められていた。
ここまで来て、私はとうとう筋がね入りの生物嫌いになってしまった。
そんな私に、生物学や生態学の楽しさ、面白さを教えてくださったのは大学教養時代の生物学担当の先生方だった。本谷、柳下、日高といった気鋭の学者がぼんくらの私に講義をしてくださったおかげで、やっと私は中学からの呪縛を解かれることが出来たのだった。
6月18日、私は滋賀県立水環境科学館で大津市OS小学校5年生を相手にプランクトン観察を行った。これまでと同じように、私はプランクトンの話題を20分程度はなしたあと、顕微鏡で見てもらうことにしたが、その際に「プランクトンの名前にこだわらない」ように話を結んだ。
大切なことは「水の中には自分たちが見たことのない世界があり、そこに生き物たちが生活していることを自分の目で確かめることだ」とはなし、なまえが欲しかったら、まず自分で好きな名前をつけるようにすすめた。そのうち、どうしてもほんとの名前が知りたくなったら、資料を見るようにしている。
子どもたちの反応は様々だが、「すっげエー」「おもしろーい」と実習室は大騒ぎとなり、所定の時間が足りなくなるような感もあった。子どもたちの素直な感動をそのまま中学校や大人まで持続させることが出来るように何とかできないものか。今日ほど指導者たちの力量が問われているときはない。

何が見える?

地下水汚染にもっと目を向けよう

 今年3月まで滋賀県立水環境科学館というところで館長をしていたが、そこで子どもから大人まで「暮らしと水」の話をしてきた。その冒頭で私はいつも「びわこの一番の特徴はなんでしょう?」と質問する。
大人も子どももほとんど間違いなく「日本で一番大きい湖」だと答える。
それ自体は間違いではないのだが、私は続けて「その日本で一番大きな湖が実は全部山で囲まれていることが大きな特徴なのです」と、衛星写真を見せながら説明する。
「そんなの知っている」という大人も子どもも、いざ衛星写真を見てみると、その壮大さにびっくりするのだが、「その琵琶湖に入ってくる水のうち1/4以上は地下水なのです」と言うと驚きの声があがる。琵琶湖が大渇水期にも枯れず、1万年以上も流域の人々の生活を支えてくることができたのはこの地下水に寄与するところが大きい。
これはしかし琵琶湖に限らず、わが国の地形からいえば、どこででも享受できる自然の恩恵といってよい。
しかし私たちは、この自然の恩恵が普段はあまり目にすることができないため、その動向に無頓着になっている。上下水道の普及は生活の利便性向上と河川の水質改善には大きく寄与したが、残念ながら市民の意識が身近な水環境からはずれていく契機をつくってしまっていたことも事実だ。
かつての激発的な公害頻発の時代から50年、河川や内湾の汚濁・汚染は国民監視の目の中で法的整備が進んだが、下水道の普及とともに国民の目からそれらの汚染は消えたように見えている。
だが、水質汚濁、汚染の切迫している状況の一つは、むしろ地下水に移っているといってもよいのではないか。
琵琶湖の南部、栗東市で産業廃棄物処分場の後処理を巡って、地域住民が県の提案に同意しない状況が続いているのも、最大の課題が地下水汚染を未然に防止できるかどうかという点にある。
地下水汚染は一度始まると広範囲に拡散して水質改善が困難になるだけでなく、土壌生態系から地域の生態系に大きな影響を長く与え続け、地域の人々の生活や社会経済に計り知れない打撃を与える。
私が前回のブログで口蹄疫対策での地下水問題を取り上げたのは、上記のような問題意識からである。
参考までに下記に水俣川流域の地下水汚染の現状を報告したブログを掲載した。


今も公害(水俣)は終わっていないことを、私たちは身のまわりの水環境の問題としていつも見ておく必要があると思う。

口蹄疫病対策と水

 宮崎県の口蹄疫病は全県に広がりを見せている。新内閣は「初動対応に万全を期す」といっているが、初動対応に失敗した結果がこれではなかったのか。
ところで、患畜は農水省の指針では焼却、埋却することになっているが、その場所の選定に当たって「埋却の場合は、地質、地下水の高低、水源との関係、臭気対策等を関係機関と協議する」となっている。(口蹄疫に関する特定家畜伝染病防疫指針)
しかし、今回の埋却数が一挙に増大しているいま、地下水や水源との関係をどの程度協議しているのか気になるのは私だけではないだろう。
わが国の畜産業は中山間地に多く、その意味では地下水の上流域に当たる地域が当然多くなる。また、小規模自治体が地下水データを豊富に持っているとは考えにくく、農水省は指針を出しただけで終わりするのではなく、一定規模以上の畜産業を抱える地域での地下水や水源データの収集にも力を注ぐべきだろう。後手に回った対策で補償に巨費を投じるよりも、危機管理対策として十分なデータ収集をしておく方が桁違いに安く有意義であることは歴史が教えているところだ。

メキシコ湾原油流出事故はどうなる?

 4月20日に発生したメキシコ湾での原油流出事故は、当初ニュースで大きく取り上げられていたが、最近ではほとんどわが国のメディアは取り上げなくなって いる。しかし、一ヶ月以上経過した現状はさらに惨憺たる状況であることを、世界のエコロジストはもっと警鐘を鳴らしてよいのではないか。
海洋汚染 は決して一国の問題だけではない。かつてタンカー事故をきっかけにバルディーズの原則がうち立てられたが、今回のBP社の事故処理を見る限りでは、危機管 理に対する意識は低級だといわざるを得ない。海底油田、海底ガス田開発など海洋開発花盛りだが、国際的に開発前の計画段階での厳しいチェックが必要なので はないか。


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