海洋汚染の拡大を封鎖せよ!

 本日のニュースで福島原発第2号機の取水口付近にある立抗ピットの亀裂から高濃度汚染水が海に流出していることが見つかった。重大事態である。
これまでも、放流口において高濃度汚染水が見つかったときから、原子力安全・保安院は「外洋で拡散するから問題ない」といった発言を繰り返していたが、こんな事で国民が納得するはずがない。
放射性物質による汚染は直接的な放射線被爆を除けば、濃度でなく積算量(水質でいえば負荷量)そのものが問題なのであり、汚染物質がどれだけの量で水域に流出しているかが問題なのだ。
高濃度汚染水が連続的に流出すれば、たとえ拡散しても汚染域が広がるだけで何の解決にもならない事は明らかだ。沖合数十キロに及ぶ汚染区域の生態系破壊が発生すれば、それは「死の海」の始まりである。メディアに登場する「学者」たちは「海洋における放射性物質による汚染が生態系に及ぼす影響は基準もなくよく分かっていない」などとふざけたことを言っているが、南太平洋で米仏の水爆実験が繰り返された時のことをこの人たちは知らないとでも言うのだろうか。
汚染の影響が発見されてからでは遅いのだということを、これまでわれわれは幾度となく味わってきたのだから、根拠のない安全論は一掃すべきである。
海に流出する汚染物質の拡大をとりあえず封じ込める工夫を、すべての知力を尽くして実施すべきである。
あわせて、多くの科学者が指摘しているように、原子炉の冷却機能を早期に回復させるために、既設の配管経路にこだわることなく、仮設配管と仮設貯留槽による循環経路を確立すべきである。
兵庫県震災復興研究センターの緊急提言は参考になる意見である。
http://www.shinsaiken.jp/modules/news/article.php?storyid=101
国は東電まかせにせず、重大事態を回避する責任を全うすべきである。そのためには原発推進部隊であった原子力安全・保安院に事態を任せるのではなく、内閣府直轄の監視・制御体制を今すぐにでも確立すべきである。

被災地の沿岸域汚染防止に全国の支援を

 東北関東大地震からもうすぐ3週間となる。この地震でなくなられた方のご冥福を祈るとともに、被災された多くの方に心からお見舞いの言葉をおくりたい。
このブログの掲載も、地震後に行政機関や報道機関への提案を続けていたため、大変遅れましたことをご容赦いただきたい。
まだ被災地では救援活動が続いており、国民的な支援が今後も続けられなくてはならない。
その中で、報道機関があまりふれていない被災地の環境汚染について、支援する側の注意を喚起しておきたいと思う。
今回の地震災害は内陸部の災害と異なり、沿岸域全体を崩壊させる大規模災害となっており、その後始末もわれわれがかつて経験したことのないものとなっている。
阪神淡路大震災の時、震災ゴミをそのまま野焼きしたり瓦礫の投棄などによって、沿岸域と大気への汚染が広がったが、今回は津波によってすでに沿岸域は大きなダメージを受けている。
津波の引き波によって海洋に流出した漂流物は当面やむを得ないとしても、沿岸部の瓦礫の撤去は地域の復興に欠くことのできないものである。
その震災ゴミ(つい先日まで生活していた施設をこう呼ぶのは切ないが)を処理するには、一自治体の業務としてはあまりに負担が大きすぎる。
そこで、全国の自治体が支援物資を送る車輌や船舶で、これらの廃棄物を運び出し分散して処理することを訴えたい。
どこの自治体も被災地を応援する気持ちであふれているはずだから、いまこそ勇気を持って各自治体が廃棄物処理でも支援をしていただきたい。
環境省は被災地のゴミの処理処分を被災地の自治体任せにすることなく、処分量と内容を把握して直ちに全国の自治体と協議にはいるべきである。
特に、太平洋岸にある大都市は多くの場合沿岸地域に処理施設を設置しており、被災地から船舶による搬送は有効な一方法であると考える。
物資を支援する自治体は、帰路でも何らかの廃棄物を持ち帰るように、支援先の自治体と協議すべきであろう。
沿岸域の汚染を可能な限り防止することは、それだけその地域の環境復元を早めることにになり、そのことが地域社会の素早い復興につながることは間違いない。
被災地の復興が環境汚染によって後手に回らないように、全国の自治体の英断を期待したい。

新燃岳周辺自治体への緊急援助を!

 新燃岳噴火の状況をメディアも多く伝えている。その多くは噴火の今後の予測や避難生活を余儀なくされた方々の状況を伝えるものになっている。
すでに、災害ボランティア団体も動き始め、現地には少しずつ救援の手がさしのべられている。(下記の毎日ニュース参照)


http://mainichi.jp/select/weathernews/news/20110205k0000e040054000c.html?inb=yt

私はいま、水に関わってきたものとして新燃岳周辺自治体への緊急援助を訴えたいと思っている。
テレビでごらんになった方も多いと思うが、大量の火山灰が新燃岳周辺に降っており、地域住民がその処理に困っている姿が映し出されている。
火山活動による降灰は大変やっかいなもので、雪のように集めて川に流せばよいというものでもない。特に都市部ではこのまま放置すると降雨時に悲惨な事態を招くおそれがある。
例えば100m四方の校庭にたった2センチの灰が積もったとすると、その量は200にもなってしまい、しかも降雨の際にはそれらの土砂が一箇所に集中して流出する。道路の側溝や雨水ます、下水管は短時間で閉塞してしまい、本来の機能は全く失われてしまうだろう。
また、雨水の最終的な集約場所となってきた河道も、流域から流入する土砂で流下断面は縮小しきわめて危険な状況が生まれる。このまま放置すると春以降に訪れる降雨時には泥流の内水氾濫や河川氾濫の危険性が大きくなることは間違いない。
したがって、面倒でもこれらの降灰は手作業・機械作業ででも収集し、袋詰めするかダンプに直接投入して処分地へ運搬するほか手はない。
道路管理者は安易に散水車等で降灰を一時的にまき散らすようなことは絶対に避けなければならない。また、降灰の適切な処分地を早急に確保しなければならない。
ただし、この面倒な降灰の処理を自治体と地域住民だけに負担できるとは思えない。日本は火山国であり一方ではその恩恵も受けてきているのだから、裏返しとしての危機管理にも国をあげて取り組まねばならないはずである。
「相撲の八百長問題」も大きな問題かもしれないが、国土と国民の安全、安心がかかった重大事態に対して、マスコミはもっと警鐘を発するべきである。単に現況を正確に伝えるだけがマスコミの役割ではなく、それによって引き起こされる事態を予測し、未然に被害を最小限にくい止めるためのアピールをもっと積極的に行うべきであろう。
全国の自治体、ボランティア団体から緊急の支援を新燃岳周辺自治体へ集めよう! 国は一刻も早く降灰の除去と地域住民の生活再建に向けて動き出すべきである。

上州の銘酒「桂川」を訪ねて

群馬県に柳澤酒造さんという日本酒の蔵元がある。
 私がこの蔵元さんに興味を持ったのは全く個人的なことなのだが、ここでつくられている銘柄に「桂川」があったからである。

全国の日本酒を飲みまわっていた私も、なぜか群馬県(だけ)はあまり足を向けていなかった。それに、「日本酒名鑑」のような書物の論評や、穂積忠彦氏の著作の最後に記されている「銘酒一覧」もあまり読む気はしなかったので、2年ほど前までこの銘柄に気づいていなかった。

たまたま自分の姓と同じ銘柄を見つけただけならば、それでやり過ごすところだが、実は私の父が群馬県出身で、しかもご先祖は村長さんまで経験した地元の名士だと聞いたことがあり、俄然、日本酒「桂川」の由来を知りたくなったのであった。

柳澤酒造さんは赤城山麓南面に広がる旧粕川村にあって、明治10年創業だというから130年余の歴史を持つ蔵元さんである。しかも気になったのは酒造りに代々「餅米」を使用しているという宣伝文であった。

「これは取材に行かずばなるまい」

ようやく訪問の予約が取れた日は12月中旬で、蔵元としては多忙な時期で恐縮してしまったが、ともかくお邪魔することにした。

赤城山麓から流れくる小さな川の横に蔵があり、その隣には管理の行き届いた神社もあった。

古風な店構えと白壁の蔵はいかにも、といった風情を感じさせる。

応対していただいたのは社長の柳澤光雄さん。群馬県酒造組合の会長さんもなさっている。

早速「桂川」の由来を聞いてみたら、「近くを流れている川の名前が桂川なんです」とのお話に驚いてしまった。

実はこの川、地図上で名前が記されているものを私は見たことがないのである。

かつて、生前の父親から群馬県に「桂川」という川があるという話を聞いて、子どもの頃に懸命に探した経験があるが、結局見つからなかった。全国に「桂川」の名称をもつ地名(川)は4カ所あると聞かされて育った私は、最後の一箇所が見つからないまま、この年まで過ごしてきたのであるから、この時の驚きは半端なものではなかった。というより、かなり感動してしまった。

感動はそれだけではなかった。

柳澤さんは大吟醸酒の長期熟成酒を造っており、最近2004年ものが発売されたのだが、その名称が「大吟醸・桂川」「壽光」というものである。

私の父は20101月に亡くなり、そのときにいただいた戒名の冒頭が「壽光」なのである。

これらのお話をさせていただくまでかなり時間を要したが、柳澤さんは「偶然とは言え、何かのご縁ですねえ」とおっしゃってくださった。

さて、お酒の話だが「餅米」を100%投入しているわけではなく、蒸米に8%程度混ぜて入れているそうである。日本酒づくりの蔵にはどこにも秘伝があるが、ここでは二代目以来のこの製法をずっと続けていらっしゃる。

仕込みに使われている桂川の伏流水は軟水だそうで、お酒も甘口ですとのことだった。お話を終わってから蔵を拝見する際に、仕込みに使用する井戸水を一口含ませていただいた。

なんとも柔らかいまろやかな甘みが、口中に広がって溶け込んでいくような水であった。

もともと火山灰が堆積した地域だと思っていたので、ミネラルが豊富な硬水ではないかと予想していたが、ミネラル分はむしろ土壌中の吸着作用を受けているのだろうか。

柳澤さんは「浅層地下水なので最近は結構気を遣っています」とのこと、地域の水を守り続けるのは並大抵の努力ではできないご時世なのだと感じる。

帰り際に銘酒「桂川」の純米酒など数種類をいただいて帰路についた。多忙な時期に訪問をさせていただいた柳澤さんに、心より感謝を申しあげたいと思う。

さて、持ち帰った酒を飲んでみて不思議な感覚に襲われた。

口の中には確かにほのかな甘みが広がるのだが、ピリッとした厳しさも感じられる硬軟織り交ぜた味わいが醸し出されている。

米の持つ甘みと風土が持つ厳しさをミックスした伝統の味なのだろう。持ち帰ったお酒と別途に購入した「桂川」の日本酒度は−9から+2までバラエティに富んでいる。日本酒度や酸度だけでお酒を評価する風潮を戒めているかのような雰囲気さえ感じる。

そういえば、別の酒瓶のラベルの片隅に「日本酒度と酸度はあえて公表しておりません。お酒の味は数字に惑わされず、ご自身で感じていただければ幸いです」と記されていた。

日本酒を愛する国民への、蔵元からの優しいメッセージではないか!

 


芸術家の描く水辺の姿に感動する

東京のブリジストン美術館で「セーヌの流れに沿って〜印象派と日本人画家たちの旅」と題する展覧会が開催されており、久々に楽しい絵画展をみることができた。
見どころや展示作品については館の下記ページをご参照いただきたい。
http://www.bridgestone-museum.gr.jp/exhibit/index.php

私は国内、ヨーロッパを問わず出かけた先では博物館・美術館を訪問することにしているが、いつも不満だったのは水辺の描写が思ったより少ないことだった。画家や写真家は多くの水辺を切り取っているはずなのに、展示されているものはそのうちのごく一部ではないかと思われたのである。
古くから人類は水辺を重要な生活の場としてきた。それは飲料水のためだけでなく食物生産のためにも、動物の捕獲のためにも、そして移動手段のためにも、水辺は人類にとって大切な場所であったはずである。
現代の私たちが水辺で「安らぎ」「うるおい」「癒し」などを感じるのは、「ヒト」がかつて獲得した遺伝子によって水辺に引きつけられているからだと私は思っている。
その水辺に引きつけられる「ヒト」の感性を、芸術家たちはどのように表現するのか大変興味深いものがあった。
たまたま私の好きな印象派の画家たちが、セーヌを描いている展覧会にめぐり逢うことができて今日は幸せな一日を送ることができたのである。
セーヌの上流域から河口までの水辺のさまざまな姿を、画家たちは情感豊かな感性で描きあげる。あたかもそこに水面があるかのような作品には感動するばかりである。パリに行った旅人は一度は見ているポン・ヌフとセーヌ川の姿も、画家によってさまざまな姿に変わるところは愉しい。
水の専門家として感動した一枚の絵があった。クロード・モネの「アルジャントゥイユの洪水」である。
1872〜73年にかけて冬の雪解け水で増水し洪水に見舞われたたセーヌ川と河畔の散歩道を、見るものを震撼させるタッチで描いている。
一般に画家たちが描く水辺は、のどかな田園風景やそこでの人々の生活、営みの場面が多く、河川の洪水のような場面はあまり描かれない。モネのこの作品は150年ほど前の作品だが、人々が自然への畏怖を忘れかけていることへの警鐘とも受け取れる。
すばらしい作品群を収集して見せた美術館関係者の努力には敬意を表したいと思う。
さて、この展覧会を見て「日本国内の水辺の展覧会を見たい」と思ったのは私だけだろうか。
確かに、セーヌは印象派の拠点としての地域を流域に抱えていることから、歴史的にもまとまった流れが見える世界でも唯一といってもよい河川だと思う。ただ、水辺の感性は画法を越えて人々を引きつけるものがあるはずであり、国内で活躍した画家たちが描く水辺をぜひ私は見てみたいと思う。
筑後川、吉野川、琵琶湖、淀川、千曲川、信濃川、利根川、十和田湖、石狩川などなど、国内で絵画の対象となった水辺は数限りない。
ブリジストン美術館だけでできるものとは思えないが、全国の美術館が連携して作品を収集し移動展を開催していただくことを、私は心から願っている。
日本国民のみずみずしい感性を、芸術作品からもう一度取り戻してほしい、と思うばかりだ。

(この展覧会は東京展は23日まで、広島展は1月3日から2月27日まで開催)


水俣病から実効ある世界の水銀条約へ

 12月4日、東京で「水俣病と世界の水銀問題」と題するシンポジウムが開催された。
シンポの概要は下記「くまにちコム」でも報道されているのでご参照いただきたい。

http://kumanichi.com/news/local/main/20101205002.shtml

いまでは日本国民の多くがその名を知っている水俣病だが、この公害事件が公式に発表された1956年から半世紀を過ぎた今日でも、被害者の実態は明らかにされていない。国は最高裁で不作為を指摘されてもなお、被害実態の全容を解明しようとしていないことが、水俣病被害者を苦しめるだけでなく世界における水銀汚染を防止いていく上でも大きな障害となっている。
2010年の現時点で水俣病の被害者は判明しているだけで35000人を越えているが、不知火海沿岸住民を対象に考えると10万人を越えると想定されている。
このシンポジウムで、水俣病研究の第一人者である医師の原田正純氏は、水俣病の歴史を振り返りながら、水俣病の特徴を「微量の毒物が自然の循環の中で濃縮され人に中毒を起こしたという特異な発生のメカニズム」と指摘し、特に「胎児性水俣病は人類の未来に対する重大な警告であった」と述べていた。その一方で、研究者が「劇症的症状に目を向けるあまり、水俣病の認定基準を誤ってしまったのではないかと反省している」との言葉に、医師として常に現場の被害者と向き合っている氏の真摯な態度に感銘を受けた。
水俣病はまだ終わっていない。それどころか、世界の水銀汚染を防止して実効ある水銀条約を制定するためにも、水俣病の全体像を解明することは、わが国の国際的な責任であるといわねばならない。
世界でも有数の魚食国であるわが国にとって、有害物質の生態系への侵入がいかに甚大な被害を与えるものであるかを、もっと真剣に世界に向かって発信しなければならない。
来年1月に「UNEP水銀に関する政府間交渉委員会第2回会合」が千葉県幕張で開催される。
鳩山前首相は「水銀条約」を「水俣条約」と命名したいと提案したそうだが、政府は水俣病の全容を解明する責任をそんなことで逃げてはいけないと強く主張したい。


八幡掘再生とまちづくりは前進する

 9月23日付でブログに掲載した近江八幡市の八幡堀の再生に向けて、地域の皆さんと行政との協働が再び動き始める。
10月以来、近江八幡市の観光物産協会、八幡掘を守る会、市役所の担当課の皆さんにお願いして、八幡堀の資料をたくさんご提供いただき、堀の水環境が抱える危険な現況と今後の改善対策について、私なりのご提案をさせていただいた。
河川管理者である県河港課でも私と守る会の方の話を熱心にお聞きいただいた。
八幡掘は近江商人が琵琶湖を経由して商品の積み下ろしをした近世商業社会の一つの拠点であり、周辺に広がる伝統的建造物群と一体となった歴史的遺産である。
これらの遺産も昭和40年代から再生の試みが始まり、一時は埋め立ての話もあった堀を、地域と行政の力で現在の姿に再生させたのものである。
その後10年以上たち、堀の現状は残念ながら良好なものではなくなり、増加する観光客の期待にも応えられないものとなっている。
このまま推移すれば、地域は国内でも一級の遺産を喪失してしまう危険がある、と私は強く訴えた。
ただ、この地域には今も八幡掘を守ろうとする力強い動きが現存しており、私の提案も快く受け入れていただいた。
先日、地域の市民団体の皆さん、市役所のご担当課の皆さん、そして県担当事務所の方が一堂に会して私の提案を聞いていただき、「何とかしなければならない」という点では一致していただいたと感じている。
あとはいかにして現実の動きをつくっていくかにかかっており、私もできる限りの応援をするつもりである。
地域の皆さんの新しい動きに注目したい。

でたらめな商品情報は犯罪として厳しい措置を

 最近、私の家族に送られてきた通販カタログを見て驚いた。その商品は「業務用油処理剤」としてあたかも業務用にはすでに使用されているかのような印象を与えながら、次のような宣伝文句を並べている。
「廃油が石鹸水に変身 パイプまで洗浄」
「料理で使った油を石鹸水に変えてそのまま流すだけで配水管の洗浄もできる油処理剤。油をゴミとして捨てるのではなく、シンクや配水管を洗浄する石鹸にリサイクルできます」
「冷めた天ぷら油1lリットルに対し、本品を約30ミリリットル入れます。泡立て器で15秒ほどかき混ぜます。よくかき混ぜながら、水を入れると石鹸水ができます。そのまま流せばパイプの洗浄ができる優れもの」
「廃油や油汚れを強力に分解します」
一度でも「石鹸づくり」をやった方なら、上記の宣伝がおかしいことをすぐに見抜くだろう。
石鹸は食用油からもできるが、その際には強アルカリ剤を用いて「けん化」という化学反応を経てできるのものであり、それも通常使える石けんになるには1ヶ月ほど熟成させるのが普通である。
まずこの商品を油に混ぜてできあがるのは「石鹸」ではないことは間違いない。
ではこの商品の正体は何か? この広告の中に小さな字で「主成分=脂肪酸アルキルロールアミド(国産品)」と書かれているが、この物質はもともと合成洗剤に使用されている界面活性剤である。
つまり、油の中に合成洗剤を流し込み、乳化作用によって油が分解したかのような見かけを作り、泡立て器でかき回して泡を立てて水といっしょに下水へ流し込む、という筋書きである。
もちろんこれがパイプを洗浄するわけはなく、高濃度の汚濁水を下水や公共用水域に排出する悪質な商品である。
あたかも油を分解するような宣伝文句を並べているが、でたらめな商品情報で消費者をあざむく悪徳商法であり、エコ商品どころか水環境への影響の大きい悪質商品である。
私はこの商品情報を国民生活センターの表示担当に画像とともにお送りして、厳しい処置をして下さるよう連絡を取ったが、消費者のみなさんにはもっと早く周知する必要があると考え、このブログ上で公開することにした。
このような悪質な商品が市場に出まわることの無いよう、売りさばいた商品を回収する責任を負わせるだけでなく、犯罪として厳しく取り締まるべきである。
なお、同様の商品に関するテストを行った結果を東京都が発表しているので、下記ホームページもご参照いただきたい。
http://www.gesui.metro.tokyo.jp/oshi/infn0153.htm

子どもの科学教育と受験教育

 私の所属するNPOの母体は「サイエンス倶楽部」という小中学生を対象にした科学実験教室を17年間も続けてきた団体である。その「サイエンス倶楽部」の活動が先日、日本テレビの朝番組「スッキリ!」で紹介されていた。「サイエンス倶楽部」については下記のホームページをごらんいただきたい。

http://www.science-club.co.jp/

私が気になったのはサイエンス倶楽部の紹介ではなく、そのあとに中学受験のための別の実験教室が紹介されたことだ。小中学校受験のための予備校があるくらいだから、受験のための実験教室があっても不思議ではないが、気になったのは母親のインタビュー内容だ。子どもをその教室に参加させている母親は「受験に役立つなら」と思って参加させているそうだ。
有名中学を目指す親心なのだろうが、小学生の子どもの頭の中が受験準備でどのように形成されていくのか考えたことがあるのだろうか。
入学試験の準備とは試験問題を解くテクニックを教えることであり、とにかく正解を求められればよい。しかし、このような教育がこれまでの日本の学校教育をゆがめてきたことは多くの識者が述べているところだ。
問題は受験勉強では「科学的認識」を育てることができないからだ。
今の子どもたちだけでなく社会人でも、問題解決能力が育てられていないといわれる人々が多いのは、この受験教育の最大の弊害だろう。
自分の身のまわりに問題が発生したとき、いち早くその問題点を察知し、その原因を自分の頭で探しだし、解決の方策を考え、結果を予測し、実践しながら結果を解析し、今後の課題を検討するという一連の考察ができるかどうかというのは、一人の人間がこの世界を生き抜いていく上で必須の条件である。
この論理的考察こそが科学(サイエンス)の世界であり、受験勉強にはもっとも不向きなところでもある。
私は試験そのものを否定しないし、むしろある世代に必要な知識をきちんと身につけさせる上で重要なな方法だと思うが、それで「科学的な思考ができあがる」わけではないことをぜひ知ってほしい。
ここでいう科学は自然科学だけでなく社会科学も含めての話だから、人が生きていく上でもっとも大切な能力なのだ。
わが国の高校・大学の入試問題は、今もたくさんのことを覚えなければ突破できないので、やむを得ず暗記に没頭している生徒も多いが、小学生にだけはそのような頭づくりは強制してほしくない。
「なぜ?」「どうして?」「どうする?」を常に考え続ける頭こそ、今の小学生に求められているのだ。そのような頭はいずれ訪れる受験でもその後の人生でも花を開かせるに違いない。

南極体験ゾーンの休止を惜しむ

 皆さんは西堀榮三郎という人をご存じだろうか。私が小学生の頃、南極の第一次越冬隊長として活躍された方だから、すでに50年以上経っているのでご存じない方も多いかもしれない。
しかし、当時小学生だった私が南極に興味を持って新聞の切り抜きをしはじめたのはこの時からなので、彼の影響は大きかったと思っている。
その彼の足跡を「探検家」として捉えて展示解説する施設が滋賀県にある。
「西堀榮三郎記念 探検の殿堂」という博物館である。
館のホームページは下記にあるので、一度ごらんいただきたい。

http://www.tanken-n.com

さてこの館の「売り」はなんと言っても「−25度の南極体験ゾーン」だ。
一般市民がこのような極地の気温を体験できる施設は日本では珍しい。東京の極地研究所や北海道大学にはこの手の施設があるが、研究施設なのでいつでも開放されて体験できるわけではない。
この「南極体験ゾーン」が10月末で休止に追い込まれてしまうことになった。
例によって自治体の財政難で運営に困って金のかかる部分を切り捨てようという意図からだ。
だが、ちょっと待って欲しい。子どもの夢を育てるのは教育者だけでなく、すべての国民の責任ではないのだろうか。
ノーベル賞の受賞にわくわが国の片隅で、ささやかな子どもの夢さえ育てられない現実が進行していることを、この国の指導者たちはなんと考えているのか。
ノーベル賞受賞者だけでなく、多くの見識ある人々が現在の科学教育の現状を憂いている。一人のノーベル賞受賞は膨大な意欲ある子どもたちが育っていた結果にすぎないのだということも、われわれはもっと知るべきだろう。
昨年の流行語に「2番ではダメなんですか」があった。私は巨大な施設がいつも必要だとは思わないが、子どもから夢を奪うような政治だけは「ダメなんです」と申しあげたい。

なお、上記の探検の殿堂では、「南極体験ゾーン」休止のファイナルイベントを計画している。
興味のある方は上記のホームページにアクセスしていただきたい。


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