「わが自伝的環境教育論」

 本年9月15日付の下水道協会誌9月号(社団法人:日本下水道協会発行)に、表記タイトルの拙文が掲載されている。
サブタイトルは「現場で考えた環境教育論の過去とこれから」となっている。
下水道協会誌が特別企画「下水道と環境教育」を編集した際に、私のところに原稿依頼をいただいたので、これまでの私の経験を短くまとめて整理したものである。
私が環境教育に足を踏み入れたのは1978年だから、すでに30年以上も前からの話である。当時は「環境教育」という用語自体があまり知られていない時代で、しかも私は在野の公務員。誰も「何をしたらよいか」教えてくれる者さえいない状態からのスタートだった。
それでも、「社会教育における環境教育の実践」をみずから標榜して取り組みを初めて30年たったいま、自分の立てた方針は間違っていなかったと自負している。というより、ますますその役割が大きくなっているのではないかとさえ思っている。
原稿を一気に書き上げたら8000字近くになってしまい、字数制限6400字を大きくオーバーしてしまったため、かなりの削除を余儀なくされたが、自分の言いたいことはほぼ主張できたと思っている。
環境教育の世界は30年前に比べれば飛躍的に前進した。国の施策としても当たり前のように取り上げられるようになり、隔世の感がある。
しかし、対象となっている子どもや大人の社会はそれよりもっと速いスピードで変化してしまっている。90年代の浮かれたような環境イベントで教育ができているなどと決して思って欲しくない。
子どもも大人も、しっかりとした理念に基づいた「環境教育」を待っている、ということを私は述べてみたかったのである。
この拙文は抜き刷りも残部が多少ありますので、「水の相談所」メールアドレスあてに送付先の住所をお知らせくだされば、ご希望の方にはお分けいたします。

水の事故と環境教育

 夏になると毎年のように水の事故が報道される。

その多くは個人の不注意として処理されているが、水と環境教育に関わってきたものからみると、この30年間に看過できない事態が広がっているようで忸怩たる思いがある。

一つは、「水は恐ろしいものだ」という断片だけをことさら取り上げて、結果的に人々(子どもたち)をますます水辺から遠ざけてしまっていること。

もう一つは、事故を「個人の不注意」ではなく、環境教育の課題として社会全体が取り上げるべき事象を放置しているのではないか、という点にある。

 

私が子どもの頃、地域にはガキ大将グループがあって、グループの最年長者は子分を連れて水辺に頻繁に遊びに行ったが、小さい子たちの面倒はよく見てくれていた。

川面に蛇の泳ぐ姿が見えれば教えてくれたし、深みには入らないように絶えず注意を払っていてくれた。天気が悪くなればどんなに遊びたくてもさっさと引き上げた。まるで現在の「川遊びガイド」と同じか、それ以上の統率能力を持っていたのだと思う。

そのガキ大将はきっと代々継承した「体験学習手法」を、自分でも確認しながら年少者の面倒を見、自分も遊んでいたのだろう。

しかし、代々引き継がれた「体験学習手法」はいつの間にか社会から消えてしまったようだ。

1960年代から70年代、全国の河川、湖沼、海浜は汚濁にまみれ、人々は水辺から遠ざかってしまったために、水辺の「体験学習手法」は継承されなかったのである。おまけに、地域でのガキ大将グループはおろか地域社会そのものが都市部では崩壊してしまい、「情報化社会」の中で子どもたちはテレビニュースで「事故」や「洪水」を見るようになってしまった。

水の事故はそのような中で育った「オトナ」たちの不幸な出来事とも見て取れる。

19998月、神奈川県玄倉川で起こった水難事故を覚えている方も多いと思う。川の中州でキャンプをしていた親子連れグループ13人が、上流域での降雨と玄倉ダムの放流による危険を警告した警察やダム職員の再三の注意を無視したため、救助隊員の目前で下流に流されてしまうという悲惨な事故だった。

この事故では多くの論調が「自己責任」を問うものだったが、私は「上流で大雨が降り、ダムが放流されるときに親たちが避難しなかったのは、その悲惨な結果を予知することを学んでいなかった」からではないかと考えたのである。

現在の若いお父さん、お母さんは子どもの頃、前述のように川で遊ぶ機会を逸してしまった方が多い。まして、洪水の時の川を実際に見る機会などほとんど与えられなかっただろう。自分が毎日のように遊んだ水辺が、ちょっとした大雨で濁流の中に跡形もなく消えてしまう恐ろしさは、実際に遊んだものだけが体験できるすばらしい教育なのだ。

しかし、学校の先生は水辺に子供らを連れて行くことさえこわがり、とても大雨の時に堤防の上に子どもを連れて行くことなど絶対といってよいほどしない。

水辺は私たちに「楽しさと喜びと、そして恐ろしさを同時に運んでくる」ことを体験的に学ばない限り、同じような事故は繰り返し起こるのではないか。

かつて私は教員を目指す学生たちに講義の中で次のように述べたことがある。

「玄倉川の事故を教育者は大きな教訓として学ばねばならない。子どもたちに本当の水の恐ろしさを教えるためにどうすればよいか、真剣に検討すべきだ。私は父母や教員グループの協力を得られるようねばり強く説得して、晴れた日も、雨の日も、水辺に子どもたちを連れて行くことを願っている」

 

昨年まで3年間、琵琶湖のほとりで過ごして気づいたのだが、若い親子連れが湖水浴のできる湖岸で最初にやるのはバーベキューが多い。

多摩川では、河原でのバーベキューのゴミが大問題になっている。

私は科学館では大人にも子どもにも「水辺にいったら、まず足を水の中に入れる」ように話をしてきた。大人も水の中での遊び方を教えてもらうことが大切になっているのだ。

先に挙げた「体験学習手法」学んだ世代は、いまこそ若い世代に水の文化を伝える努力をしなければならない。

そうしなければ、水の文化は断絶してしまい、残念ながら水の事故は後を絶たないだろう。


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