子どもの科学教育と受験教育

 私の所属するNPOの母体は「サイエンス倶楽部」という小中学生を対象にした科学実験教室を17年間も続けてきた団体である。その「サイエンス倶楽部」の活動が先日、日本テレビの朝番組「スッキリ!」で紹介されていた。「サイエンス倶楽部」については下記のホームページをごらんいただきたい。

http://www.science-club.co.jp/

私が気になったのはサイエンス倶楽部の紹介ではなく、そのあとに中学受験のための別の実験教室が紹介されたことだ。小中学校受験のための予備校があるくらいだから、受験のための実験教室があっても不思議ではないが、気になったのは母親のインタビュー内容だ。子どもをその教室に参加させている母親は「受験に役立つなら」と思って参加させているそうだ。
有名中学を目指す親心なのだろうが、小学生の子どもの頭の中が受験準備でどのように形成されていくのか考えたことがあるのだろうか。
入学試験の準備とは試験問題を解くテクニックを教えることであり、とにかく正解を求められればよい。しかし、このような教育がこれまでの日本の学校教育をゆがめてきたことは多くの識者が述べているところだ。
問題は受験勉強では「科学的認識」を育てることができないからだ。
今の子どもたちだけでなく社会人でも、問題解決能力が育てられていないといわれる人々が多いのは、この受験教育の最大の弊害だろう。
自分の身のまわりに問題が発生したとき、いち早くその問題点を察知し、その原因を自分の頭で探しだし、解決の方策を考え、結果を予測し、実践しながら結果を解析し、今後の課題を検討するという一連の考察ができるかどうかというのは、一人の人間がこの世界を生き抜いていく上で必須の条件である。
この論理的考察こそが科学(サイエンス)の世界であり、受験勉強にはもっとも不向きなところでもある。
私は試験そのものを否定しないし、むしろある世代に必要な知識をきちんと身につけさせる上で重要なな方法だと思うが、それで「科学的な思考ができあがる」わけではないことをぜひ知ってほしい。
ここでいう科学は自然科学だけでなく社会科学も含めての話だから、人が生きていく上でもっとも大切な能力なのだ。
わが国の高校・大学の入試問題は、今もたくさんのことを覚えなければ突破できないので、やむを得ず暗記に没頭している生徒も多いが、小学生にだけはそのような頭づくりは強制してほしくない。
「なぜ?」「どうして?」「どうする?」を常に考え続ける頭こそ、今の小学生に求められているのだ。そのような頭はいずれ訪れる受験でもその後の人生でも花を開かせるに違いない。

南極体験ゾーンの休止を惜しむ

 皆さんは西堀榮三郎という人をご存じだろうか。私が小学生の頃、南極の第一次越冬隊長として活躍された方だから、すでに50年以上経っているのでご存じない方も多いかもしれない。
しかし、当時小学生だった私が南極に興味を持って新聞の切り抜きをしはじめたのはこの時からなので、彼の影響は大きかったと思っている。
その彼の足跡を「探検家」として捉えて展示解説する施設が滋賀県にある。
「西堀榮三郎記念 探検の殿堂」という博物館である。
館のホームページは下記にあるので、一度ごらんいただきたい。

http://www.tanken-n.com

さてこの館の「売り」はなんと言っても「−25度の南極体験ゾーン」だ。
一般市民がこのような極地の気温を体験できる施設は日本では珍しい。東京の極地研究所や北海道大学にはこの手の施設があるが、研究施設なのでいつでも開放されて体験できるわけではない。
この「南極体験ゾーン」が10月末で休止に追い込まれてしまうことになった。
例によって自治体の財政難で運営に困って金のかかる部分を切り捨てようという意図からだ。
だが、ちょっと待って欲しい。子どもの夢を育てるのは教育者だけでなく、すべての国民の責任ではないのだろうか。
ノーベル賞の受賞にわくわが国の片隅で、ささやかな子どもの夢さえ育てられない現実が進行していることを、この国の指導者たちはなんと考えているのか。
ノーベル賞受賞者だけでなく、多くの見識ある人々が現在の科学教育の現状を憂いている。一人のノーベル賞受賞は膨大な意欲ある子どもたちが育っていた結果にすぎないのだということも、われわれはもっと知るべきだろう。
昨年の流行語に「2番ではダメなんですか」があった。私は巨大な施設がいつも必要だとは思わないが、子どもから夢を奪うような政治だけは「ダメなんです」と申しあげたい。

なお、上記の探検の殿堂では、「南極体験ゾーン」休止のファイナルイベントを計画している。
興味のある方は上記のホームページにアクセスしていただきたい。

知的探求の喜びと感動を伝える〜科学教育の原点とは

全国の博物館や科学館で 「科学リテラシーの向上」が目標に掲げられて久しい。
すべての国民が平和な社会で自らの目標に向かって、自由な発想で生きていくことができるためには、物事の科学的な認識が基盤になければならない。
自分が体験したことのない事象にぶつかったとき、「なぜそうなのか」「どうしてそうなるのか」「これを解決するにはどうすればよいのか」を人々はいつも考えて生活しているからだ。
子どもは生まれたときから「なんでそうなるの?」の世界で生きてこざるを得ない。なぜなら、見るものさわるものすべてが初めての体験だから。
この初めての体験のときから、子どもたちの科学的認識の世界が始まっているはずだが、年齢を重ねるにしたがって、その「?」は激減し大人になった頃には、あたかも自分は何でも経験しているかのような錯覚のもとで生活をしている。
しかも、いまではテレビやDVDでたくさんの情報が流され、戦争や人殺しまでライブで見られる時代になってしまい、子どもたちは何でも体験しているかのような錯覚のまま、「なんでだろう?」の感性を失っていく。
「科学的認識の向上」をいうとき、このような時代背景が子どもたちと大人の世界にとぐろを巻いていることを理解して取り組まなければ、単なるかけ声に終わってしまうし、受験勉強を叱咤する道具に使われかねない。
私は滋賀県立水環境科学館で3年間「子ども科学教室」を毎月開催してきたが、上記のような考え方はこの教室の中で実践的に学ぶことができた。
実験を行っているときの子どもたちの目の輝きは私の生きがいでもあったし、自分の実践の正しさを証明してくれるものだった。中でももっとも大切にしたのは「知的探求の喜びと感動を伝える」ということである。
私は毎回の教室で保護者からアンケートをいただいてきたが、「子どもがいつも楽しみにしているので、親が引きずられてきています」「自宅に帰ったとき、『おもしろかったよー』という子どもの目が輝いて見えた」「私も一緒に勉強させてもらっています」といった言葉に、私自身が励まされることが多かった。
この教室は小学4年から6年生までの混合教室だが、内容は中学から高校レベルの実験と解説になっている。しかし、私は子どもたちに「えーっ!」「どうして?」という言葉が頭に浮かべば、それで成功だと考えている。実験が終わったとき、教室内に子どもたちの感動を味わったある種の満足感が広がっていれば、その実験は大成功なのだ。難しい理屈は「その時がくれば」子どもたちは必ず気づいてくれるはずだから。
保護者には「家に帰ったとき『アンタ、先生のいったことわかったの?』は禁句です」と申し上げている。
知的探求の喜びと感動を伝えることこそ、科学教育の原点でなければならない。

かつて、私たちが子どもの頃は東京都心でも戦争の焼け跡があちこちに残り、住宅街でも少し歩けば広場(というより草むら)があり、日が沈むまでそこで遊ぶ子どもらを見守る大人(地域)の目があった。
夜になれば屋根に上って空を見れば、東京でも星がきれいに見えた時代だった。
そのような時代、子どもたちは普通に「なんでやの?」を連発していたはずだ。
新しいことを知る喜び、体験したことのない現象を見たときの驚き、日本の明日を託す子どもたちにこそ、真の科学教育をひろげたい。子ども科学教室で

小学生のプランクトン観察雑感

 私は子どもの頃から何かを作ったり観察することが大好きだった。今で言えば天文少年、工作少年、電気少年だった。夏休みには毎年ガラクタを集めて作品を作り、母親の苦笑をかっていた。小学6年生の時には既に立派なラジオまで作っており、将来は「電気技術者になる」、「天文学者になる」などと夢多き少年だった。そんな私がプランクトンを顕微鏡で見たのは小学校4年のときである。
先生に言われるまま、雨水のみずたまりから水をすくい、その一滴を顕微鏡下でのぞいたとき、突然奇妙な生き物が目の中にとびこんできた。ミジンコだった。私はその時の感動を今でも鮮明に覚えている。「水の中にこんな生き物がいる」ことを知る機会は自分の体験では一度もなく、言葉を失ったままじっと目を凝らしてスケッチをした。もう半世紀以上も前の話だ。
そんな私が中学生になってから理科の中でも「生物」だけが大の苦手になってしまった。これは高校に入学するともっとひどくなっていた。物理・化学は得意な私が、何故「生物」が嫌いになったのか。
答えは簡単だった。中学のとき試験の為に見たことも無い原生動物の名前や植物プランクトンの名前を無理やり覚えさせられ、うんざりしてしまったのだ。小学4年のときのあの感動は結局、高校受験の為にむりやりどこかへすっ飛んでしまっていた。
当時の生物学の中心は「分類学」花盛りの時代だったようだ。植物や動物の分類学上の名称を覚えることが重要なことであると、説明無しに求められていた。
ここまで来て、私はとうとう筋がね入りの生物嫌いになってしまった。
そんな私に、生物学や生態学の楽しさ、面白さを教えてくださったのは大学教養時代の生物学担当の先生方だった。本谷、柳下、日高といった気鋭の学者がぼんくらの私に講義をしてくださったおかげで、やっと私は中学からの呪縛を解かれることが出来たのだった。
6月18日、私は滋賀県立水環境科学館で大津市OS小学校5年生を相手にプランクトン観察を行った。これまでと同じように、私はプランクトンの話題を20分程度はなしたあと、顕微鏡で見てもらうことにしたが、その際に「プランクトンの名前にこだわらない」ように話を結んだ。
大切なことは「水の中には自分たちが見たことのない世界があり、そこに生き物たちが生活していることを自分の目で確かめることだ」とはなし、なまえが欲しかったら、まず自分で好きな名前をつけるようにすすめた。そのうち、どうしてもほんとの名前が知りたくなったら、資料を見るようにしている。
子どもたちの反応は様々だが、「すっげエー」「おもしろーい」と実習室は大騒ぎとなり、所定の時間が足りなくなるような感もあった。子どもたちの素直な感動をそのまま中学校や大人まで持続させることが出来るように何とかできないものか。今日ほど指導者たちの力量が問われているときはない。

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